日本最古のそろばん「四兵衛重勝拝領算盤」について解説します
日本そろばん資料館ホームページ「そろばんの歴史」年表に記載されている歴史的トピックスを深く掘り下げます。
1591(天正19)
• 豊臣秀吉から家臣・久野重勝がそろばんを拝領した。
「そろばんの歴史」年表に記載されている「拝領そろばん(四兵衛重勝拝領算盤)」は現存する日本最古のそろばんとして有名です。テレビのお宝鑑定番組でも取り上げられたことで、ご存じの方も多いでしょう。
この「拝領そろばん」の詳細と、1591年に作られた日本最古のものであることを特定した経緯と根拠について、日本そろばん資料館学芸員/珠算史研究学会会長・太田敏幸先生による解説を掲載いたします。(詳細は珠算史研究学会刊「珠算史研究」第60号に掲載)
拝領そろばん 太田敏幸
1.古そろばんについて
日本現存古そろばん実物類別一覧表(「算盤来歴考補遺」明治13年・帝国学士院嘱託・後学・遠藤利貞より)によれば、次のようなそろばんを挙げている。
中国式日本製品として、①前田家陣中携帯品、②大津片岡算盤店遺品、③大垣田中家旧蔵品の3点のそろばん。純日本製品として、①住友家二代愛用品、②北畠家伝来品(文安算盤)、③寛永16年銘遺品、④紀州那賀郡某氏遺愛品の4点のそろばん。以上7点のそろばんを挙げている。
その後、2014年、新たに「拝領そろばん」が発見された。
2.拝領そろばんの特徴
(1)天2地5・20桁。偶数桁のそろばんである。
(2)両面そろばんである。
(3)偶数桁(20桁)と両面そろばん
一般的には奇数桁が多く、偶数桁は少なく、しかも両面とも同じ作りなので実用向きとは思えない。
(4)作りが豪華
四隅の金具と釘は銀製、梁の単位が銀の象嵌、帯付き台玉、桁は割竹、枠は紫檀、このように豪華な作りは秀吉からの下賜品にふさわしい。
(5)保存がよい
未使用の伝世品であろう。今日まで美品なのは、拝領である証明になる。つまり実際に使用されていないためである。
(6)製作者
作者はおそらくそろばん職人ではなく、当時の一流工芸家が作成したのではないだろうか。中国そろばんの模倣と作者の独創性が混在している。
(7)そろばん収納箱について
算盤収納箱を収めている箱の表面に「四兵衛重勝拝領算盤」と書かれている。その文字と、同時期に拝領していた「采配」の文字とが同一人物の筆跡である。算盤収納箱に多少の隙間があるのは算盤を布で包んでいたためである。算盤収納箱には堅牢な鍵がかけられ容易には開けられないようになっていたという。
(8)珠について
珠の形が「帯付き珠(鈴珠)」で素晴らしすぎると思うことについて、当時、木地師・数珠師・轆轤師が存在していた。このことから可能である。
(9)中桟(梁)について
中桟に記されている単位について、時代背景からみて妥当な単位である。
(10)その他
桁の長さなど中国そろばんの特徴をもっている。両面そろばんであることについては、芸術性をもたせたものだと判断した。
3.歴史的いきさつ
「天正19年、秀吉公が朝鮮出征のおり、肥前国名護屋城を築城される際に、地割りを近臣に命じられたが上手く出来なかった。そこで秀吉公は黒田官兵衛に命じたところ、官兵衛の指示を受けた久野四兵衛重勝が下人に持たせていた銭を利用して、またたくまに図面を作り上げた。その出来栄えと速さに秀吉公大いに喜び銀金物を使った唐木製の十露盤を授けた。」という一文。(黒田二十四騎二)
天正19年は1591年である。
4.古文書の存在
(1)久野家「諸覚(しょおぼえ)」(久野家所蔵)・・・資料1
「博多町割りの時(1586年~1587年)に、久野四兵衛が奉行役を仰せつかり、その時に太閤から授かった算盤」という一文。
(2)久野家「御宝器控」(福岡県立図書館蔵)・・・資料2
「秀吉の九州平定(1587年)後の博多町割りの功績により、秀吉公から授かった算盤」という一文。
(3)「黒田二十四騎伝 二」(筑紫女学園高等学校所蔵黒田文庫)
「名護屋城築城(1591年)の際に、秀吉公から町割りの指示を受けた官兵衛が四兵衛に依頼したところ、手持ちの銭を使ってまたたくまに町割りを作り上げた。秀吉公大いに喜び、この時のことと思われるが、銀金物を使った唐木製の算盤を授かった」という一文。
なお記事に掲載した写真は、「四兵衛重勝拝領算盤」を所有されている株式会社雲州堂社長・日野和輝氏よりご提供いただきました。
株式会社雲州堂のホームページ「そろばんネタ帳」コーナーの「そろばんコレクション」には、「四兵衛重勝拝領算盤」にまつわるさまざななエピソードが掲載されています。